GOOD DESIGN AWARDS 2021 受賞 (日本語)

デザイン・サイエンスによる災害からの

GOOD DESIGN AWARDS 2021 日本語 | misatouehara

復興
GOOD DESIGN AWARDS 2021 (カテゴリー ; 街区・地域開発)

上原三知(信州大学)・井上忠佳・鴇田芳文・江田隆三


 科学的にも法律上でも、安全な基準で開発されたはずの住宅約40万5千戸2011年3月11日の地震津波で被害を受けた。津波で住宅が被災した約14万戸が個人で土地を探し自主再建を行った。その多くが被災地ではなく、他の地域(おもに大都市)へ移住した。ふるさとでの住宅再建を希望する人々は、浸水エリアの嵩上げ工事、あるいは高台移転の土地造成を10年近く待つことになった。2011年に予期せず、住まいを失い、それでも東北(ふるさと)の海辺で生活を再建したいと思った人々の10年にもおよぶ仮住まいは、長い被災を強いたようで心が痛む。実際に10年近い時間はあまりにも長く、整備費やさまざまな調整を経て造成された被災3県における嵩上げ地の40%近くが空き地となっている。本プロジェクトで実践したデザイン・サイエンスとは細分化、専門化しつづける既存の学術体系に対して、人間本来の分断されない包括的な知覚で、個別分野や領域、いっさいを瞬時に統合理解し、未来を創造するアート的な思考プロセスである。イアン・マクハーグのデザイン・ウィズ・ネイチャーは、そのデザイン・サイエンスをまさに都市計画に応用するためのものといえる。その特徴は「より減らすことで、より多くを為す(Doing more with less)」ことである。
 本プロジェクトでは、福島県新地町の被災者の住宅移転に際して、被災地で住民との協議を最も多く行い、加えてイアン・マクハーグのデザイン・ウィズ・ネイチャーの理念を日本の国土計画に応用するためにつくられた1980年の歴史的な書籍資料をデジタル化して活用した。その結果、最新の個別の計算に基づく災害ハザードマップでは表現できない複合的な災害リスクの重なりと、住宅移転地のコミュニティごとの敷地への要望も考慮しつつ、4年間という短時間で、住宅移転を実現した。災害リスクを低減するための大規模な埋め立て等の工事も不要であったために工期も短く、結果的に7つの敷地のうち4つから海が見え、周囲の樹林や農地など既存の自然と連続したゆとりある住宅が再建された。このボトムアップの点的な移転により被災自治体では人口回復を実現した数少ない事例となった。

1.デザイン・サイエンスと国土庁のデータの活用による復興の意義
 日本初の複合的な流域計画の実践を視野に創設された国土庁(リジオナル・プラニングチーム)の『エコロジカル・プランニングによる土地利用適正評価手法調査(1980)』は、本国のアメリカより先にデザイン・ウィズ・ネイチャーの概念を日本の第三次国土総合開発計画に応用するために準備された。
 それは各専門領域に細分化された複雑な前提条件や、専門的なパラメーターを用いて計算される災害リスクを環境単位(植生、地質、地形、傾斜区分)と紐づけることで、住民や行政の担当者にも直観的に理解、活用できるように、統合するプロセスである。 
 このマクハーグの理論を世界で最初に国土計画に応用するための日本独自の歴史的な資料は、非常に先進的なものであったが、ニクソンショックによる円安・ドル高の影響もあり、実際の計画には十分に反映できず、忘れさられた。本プロジェクトはそのデータをデジタル化して、2011年の東日本大震災の復興に実際に活用したものである(Fig1)。

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Fig1



2.デザイン・サイエンスによるボトムアップのデザインプロセス

 新地町ではデザイン・サイエンスの理論による複合的な災害のリスク評価と住民の協議を合わせて被災したコミュニティ単位で複数の候補地から最終的に7つの敷地を選定し、ボトムアップ型の点的な住宅移転を実現できた。驚くべきことに、1980年の国土計画のためにつくれた国土庁の地図と各環境区分に対応した災害リスクの相対ランク(右上)は、現在、国土交通省が公開する日本で最も包括的な最新のリスクマップ(右下)が示していない液状化、耐震リスクを表現できており、かつ地域全体のリスクを相対的に示している(Fig2)。

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Fig2



 一方の最新の災害マップの地すべりリスクは限定的な環境内(30度以上の斜面地)の評価なので地域内で評価されない面積が多い。この部分は市民や行政には安全な場所に見えてしまう。

新地町:デザイン・サイエンスによるボトムアップ型の点的な移転
 7つもの移転地を複合災害リスク評価と住民の協議も合わせ2年で選定し、早期に用地確保を実現できた。災害リスクを低減するための大規模な埋め立て等の工事も不要であったために工期も短く、結果的に7つの敷地のうち4つから海が見え、周囲の樹林や農地など既存の自然と連続したゆとりある住宅が再建された。震災から4年後の2015年に完成した復興住宅の入居率は100%となり、このボトムアップの点的な移転により被災自治体では数少ない人口回復を実現した。他の被災地および東京オリンピックにおける工事需要や、消費税率の増加前に開発を終えたので、工事が遅れて費用がかさんだ事業に比べると費用対効果が高い公共事業となった(Fig3上)。

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Fig3

 

一般的な東北の被災地:トップダウン型の面的な区画整理による移転(嵩上げ・高台移転)
 一般的な復興では、阪神・淡路大震災で実施された区画整理事業のように、被災した住民を集約化した開発のために、1か所にまとまる、より大きな単位で移転地を探した。結果的に、津波の浸水エリア、水田や湿地、あるいは斜面地の造成よる盛土など災害リスクがある場所を含まざるをえなかった。津波浸水区域のような住宅用地には向いていない大面積の土地を復興住宅として居住できる状態にするためには大規模な埋め立てや、高台移転におけるひな壇造成等の工事、より多くの地権者との用地交渉や買収が必要になる。
 新地町のように点的な分散した計画よりも合理的にみえるが、結果的には、住宅の基盤となる土地の造成自体にもより多くのコストと時間を要することになった(Fig3下)。

3.デザイン・サイエンスで、より多くのことを考慮しつつ、より短い時間で多様な持続性のある復興のデザインを実現
 M9を超える大地震、大津波福島第一原子力発電所放射能汚染(風評被害も含む)という世界でも類を見ない複合被害を受けた福島県において、多様な災害リスクに強く、空間の多様性もある住宅開発をより短い時間で実現し、被災した自治体のほとんどが人口減少する中で、新地町では震災から4年後の2015年には人口を回復させる事ができた。またマクハーグのデザイン・サイエンス理論を理解している年代や立場(研究者、実務家、行政)を超えたメンバーとの協同により本プロジェクトが実現できた意義は大きい。さらに今回デジタル化し、活用したアーカイブは、国土計画用のデータであるため、広範囲の自治体に応用と展開が可能である。その意味で、本プロジェクトの経験は近年、激甚化、広域化する自然災害の事前防災や復興にも有用と考える。
 被災コミュニティ単位で複数の住宅用地を探し、交渉するのは大変な作業であったが、既存の自然との連続性がある多様な街が再建できた。復興住宅は100坪までが基本単位であるが、被災者の多くが震災前は200坪を超える宅地に住んでいた。嵩上げや高台移転に比べると新地町の方式では土地の割付にも余裕があり、上限を超える面積は自費購入できる制度を設けることで、平均120坪のゆとりある復興住宅が実現した。雁小屋地区では、朝早く出かける漁師が自主的に地区の外側にまとまって入居した(Fig4左)。
 各地区には家族やコミュニティの人々が集える公園、各住宅にアクセスしやすく、住宅の影が隣接農地に落ちないように配置されたフットパス(散策路)、造成地の残地を活用した来客用の駐車場も整備された(Fig4右)。

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Fig4